まだバロウズがバロウズになる以前の作品だったのかもしれない。
映画をきっかけに復刊されたバロウズの第二長編。自身のメキシコ逃避行時代の経験を小説にしたものである。そのあたち、前作『ジャンキー』と次作『麻薬書簡』との関連も含めて柳下毅一郎さんによる訳者解説で詳しく述べられている(たいへん充実した解説です。さすが)。

アメリカ白人がメキシコに(警察から)逃れてきて、現地の若い男の子を囲おうとするんだけど、身体は許すものの心は許してくれないので切ない思いをする、という筋書きだけだと今となっては新鮮味はない(が、ドラッグ描写も含めて50年代にはスキャンダラスだったのだろう)。それこそプルーストに出てくるシャルリュスと若いヴァイオリニストのくだりのほうが面白いくらいだ。むしろメキシコシティのヤバい界隈の描写が良い。
やはりバロウズがバロウズになったのは『裸のランチ』からなんだろうなとは思う。本作はなんといっても普通に「読める」からね。とはいえ突如として内蔵的な妄想が出てきたりするあたりは、バロウズらしさの片鱗は既にあるのかもしれない。
もともと『おかま』という邦題でペヨトル工房から出ていたものだが、このたびルカ・グァダニーノによる映画化にともなってタイトルを原題そのままの『クィア』に変更して文庫化。
ちなみに当時バロウズは35歳とかなので、ダニエル・クレイグというキャスティングはやはり年齢差を強調したいという意図があるんだろう。
映画も楽しみではあるんですが、この際だからほかのバロウズ作品を復刊してほしい。特に80年代三部作と『おぼえていないときもある』と『ワイルド・ボーイズ』。

クィア :ウィリアム・S・バロウズ,山形 浩生,柳下 毅一郎|河出書房新社
クィア 麻薬中毒者リーは「触れあい」を求めて近づいた青年アラートンとともに南米へと旅に出る……笑いにまみれた孤独と喪失感、デビュー直後に執筆されながら長らく封印されてきた告白的純愛小説。
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