去年の日本SFは新人が豊作―松樹凛『射手座の香る夏』【86冊目】

Uncategorized

SFが読みたい!2025年版』の日本SFベスト10で未読だった一冊。

新人作家の初短編集なのだが、これがなかなかレベルが高い。

4編が掲載されており、冒頭はタイトル作。
人間の意識を取り出して転移させることができるようになっているという設定。ロボット(人工身体)を操って危険な作業を行ったり、動物に転移して身体を操る違法行為に熱中する人々が登場したりする。さらには動物を操る能力を持った伝説の白い狼が登場したりする中で、関係が微妙になっている二組の女性たちのストーリーが展開する。

2編目の「十五までは神のうち」では極小のタイムマシンを母親が飲むことにより、子どもが生まれたことをなかったことにできる「巻き戻し」(遡行的中絶)が可能になっている。15歳になったところで本人が選択できることになっており、かつて主人公の兄がなぜ「巻き戻し」を選択したのかという謎が主題。反出生主義SFという感じか。

3編目「さよなら、スチールヘッド」は仮想空間「アイデス」に住む心を持ったプログラムである少年と、ゾンビ世界でサバイブしている女性の2つの視点で描かれている。両者は連続する夢の中でたがいにつながっている。創元SF短編賞応募作に大幅改稿したもので、ゾンビのほうが全面的に今回書き加えられたそうなのだが、それもう別物じゃん。

最後の「影たちのいたところ」はSFというよりは幻想文学に近い手触り。いつもホラ話ばかりしている祖母が孫に語って聞かせる昔話という体裁をとっている。
イタリアの小島で父親と一緒に夏休みをすごしている少女が、漂流してきた少年と出会う。見つかると密入国として捕まってしまうと警戒している少年は、実は紛争地域にいる人々から影を預かって他の国に移動させている運び屋だったのだ。

4作ともに、現代的な問題意識をベースにおいて「魂」みたいなものについて書かれたものであるということが共通している。デビュー作ながらどれも高水準。近年のSFはとにかく新人のレベルが高いので、今後が楽しみだ。

射手座の香る夏 - 松樹凛|東京創元社
射手座の香る夏 寂れた島で過ごした夏、記憶の中で鮮やかさを増す夏、限りなく続く仮想の夏―― 夏を舞台とする四編に、青春のきらめきと痛みを封じこめた、第十二回創元SF短編賞受賞作を表題とするデビュー作品集。

コメント

タイトルとURLをコピーしました